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東京高等裁判所 昭和38年(ネ)835号 判決 1964年1月29日

控訴人(原告) 亀川哲也

被控訴人(被告) 総理府恩給局長

主文

原判決を取消す。

本件訴を却下する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

控訴人は原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、昭和三四年一一月一三日付「恩給の受給権について」と題する書面をもつて控訴人の恩給請求を却下した処分を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴指定代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、認否は原判決事実欄に記載するところと同一であるからこれを引用する。

理由

控訴人が昭和三年三月一六日に、証書記号番号イ第四五、四五八号による被控訴人の裁定により年額金四六〇円の普通恩給を受けていたこと、控訴人が昭和一二年八月一四日東京陸軍々法会議において陸軍刑法第二五条の罪により無期禁錮の刑に処せられ、そのため、右恩給権が消滅したこと、昭和二〇年一〇月一七日施行の勅令第五七九号による大赦令によつて、控訴人の右罪が赦免されたこと、控訴人が昭和三三年一〇月二一日付で被控訴人宛に恩給請求書と題する書面(乙第一号証)を提出したこと、それに対して被控訴人が昭和三四年一一月一三日に恩私一発第二、七五五号の文書(甲第一号証)を発したことは当事者間に争がない。

成立に争のない甲第一号証、乙第一号証によると、控訴人は右恩給請求書により被控訴人に対し、前記昭和二〇年一〇月一七日勅令第五七九号の大赦令により、控訴人の恩給受給権が復活したから大赦令公布の日から右恩給を支給するよう請求したのに対し、被控訴人は前記回答書により、控訴人に対し、控訴人のすでに喪失した恩給受給権は大赦令によるも特別の規定がないかぎり復活しないから、普通恩給を支給することはできない旨表明したものであることが認められる。恩給を受ける権利は退官又は退職した公務員が国庫その他の支給団体に対して一定額の年金又は一時金を請求し得ることを内容とするものであるが、総理府恩給局長(被控訴人)の裁定を経なければ権利者は現実の支給を得ないものである(恩給法第一二条)。そして一旦裁定を経た者が、恩給を受くる権利を喪失したが、その受給権が復活した場合においてもさらに被控訴人の裁定を経なければ現実の支給を受け得ないものであり、その裁定を受くるためには恩給を請求する者がさらに恩給法所定の手続をもつて請求することを要するものと解すべきである。そして控訴人のように処刑によつて受給権を喪失した者については特別の規定がなかつたのであるから、控訴人としては、被控訴人主張のように、被控訴人に対し恩給給与規則第一条に規定する退職当時の本属庁を経由し、同規則第二条に規定する書類を添付し、かつ恩給給与細則第四条に規定する第一号書式に準じて作成された書面を提出して請求をなすのが正規の手続であつて、控訴人は右の手続を履践することなく、直接被控訴人に対し右の如き恩給請求書を提出したものであるから、被控訴人としては、控訴人に対し右手続の履践を求むれば足りたのであるが、被控訴人は控訴人の請求については特別明文の規定を欠き、しかも事柄の性質上、ただちに控訴人に対し恩給を受くる権利が復活しないから恩給は支給できない旨を表明したのであるから、これは控訴人の請求を排斥し却下したものと認めるのが相当である。従つて、控訴人の提出した請求書は単なる陳情書であつて、被控訴人が単なる陳情に対する回答書を発したものと解することはできない。

しかしながら、旧行政事件訴訟特例法第二条により、行政処分の取消を求める訴は、その処分に対し法令の規定による不服の申立のできる場合は訴願を経た後でなければこれを提起することができない。そして当時施行の恩給法第一三条は、行政上の処分により恩給に関する権利を侵害せられた者は処分後一年内に総理府恩給局長に具申してその裁決を求めることができ、その裁決に不服ある者は裁決を受けた日より六月内に内閣総理大臣に訴願することを得る旨規定している。控訴人が右規定による適法な訴願を経たことについては控訴人において何ら主張立証していない。もつとも控訴人が内閣総理大臣宛昭和三四年七月二日付で恩給訴願に関する件と題した書面(乙第二号証)を、また同年九月一四日付恩給訴願督促に関する件と題した文書(乙第三号証)を夫々提出したこと、これに対し、被控訴人が、控訴人に対し昭和三四年一〇月一二日に恩私審議発第一三四号の文書(甲第二号証)を発したことは当事者間に争がないところであるが、これらの文書の往復はいずれも、前記昭和三四年一一月一三日以前にかかることは明かなところであるから、これらの文書の往復があつたからといつて訴願を経由したものと認めることができないことは明かであるばかりでなく、控訴人において訴願を経ることにより著しい損害を生ずるおそれがあることその他正当な事由があることについて何ら主張立証しない。従つて、控訴人の本件訴はこの点において不適法たるを免れない(行政事件訴訟法附則第四条)。

のみならず、旧行政事件訴訟特例法第五条は第二条の訴は処分のあつたことを知つた日から六ケ月、処分の日から一年を経過したときは訴を提起することができないものとする。そして本件の訴が提起されたのは昭和三七年一一月八日であることは記録上明白であつて、被控訴人の前記処分がなされた昭和三四年一一月一三日(少くともその直後頃控訴人に書面が送達されたものと認められる)から右期間が経過しておることは明かであつて、控訴人において正当な事由により右期間内に訴を提起することができなかつたことについて何ら疎明しないからこの点においても控訴人の本件訴は不適法といわなければならない(行政事件訴訟法附則第七条)。

以上の理由により、これと異なる趣旨の原判決を取消し、本件訴を不適法として却下し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 牧野威夫 浅賀栄 渡辺卓哉)

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